2005年01月09日

「冬のソナタ」に地震情報テロップ 〜 その2

前回書いたことだが補足しておきたい。

多くの人々にとっては、くだらん映画やクソドラマよりもニュースや地震速報のほうが大切だろう。それが一般常識というものだ。オレもそれを否定しているのではない。地震や自然災害の情報、ニュース速報は大切である。不要とは言っていない。それをBSで作品に載せて流す意味について問うているのだ。

BS放送のそもそもの意義というのは、遠隔地や受信状態の悪い地域でも綺麗に見られるというのものであった。つまり地域によっては、地上波に替わるものという位置づけなのである。そういうことならば扱いも地上波と一緒、これは理解できる。
BS放送の特徴はそれだけではなかった。画質が良く、映画や音楽番組、ドラマといった娯楽作品の放送にも適している、という面があり、NHK側もそういった側面を強調し宣伝していた部分もあったと思う。
ご存知のように、メディア放送する映画やドラマは、そのメディア側、例えばこの場合はNHKが放送する権利を所持している(筈です)。その権利を抑えられている以上、視聴者側は選択肢がない。全て相手の言いなりで言い値。つまりすべてNHK側の都合のみで決められるのである。
前回も書いたように、NHKは文化に貢献しているというような態度を日頃示していながら、その供給方法は全く文化的ではないどころか、激しく製作者や視聴者を見下したものとなっているのである。
BS放送というものが先に書いたような位置づけの放送である以上、この問題の解決は無理だと思う。だから前回の記事で書いたように、別チャンネルの開設、或いは別な供給方法を早急に考えるべきなのだ。恐らく膨大な費用がかかるだろうが、昨今話題の不正流用資金でも使えば一挙解決するだろう。
ケーブルやCS、デジタル放送などを見ている人は「そんなものは当に実現されている」ということだろう。もちろんそのとおりで、オレ自身もそれらを楽しんでいる。問題なのはNHKが放送する権利を持っている作品なのだ。あんたらが抑えている限りは、使用は自由にならない。「冬のソナタ」もしかり。以前書いた「東芝EMIに於けるビートルズ」しかり。だからこそしっかりして欲しいのだ。

紅白歌合戦の視聴率低下でもわかるように、全員が同じ趣味で同じものを見るというような時代は終わった。これから必要なのはジャンルを細分化したチャンネル設定だよ。
…ってさ…。書いてて恥ずかしくなるような、10年以上も前から散々言われていることなのだが。いったいこの間、何やってたの?>NHKさま。
marcomusi at 18:20 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(1) | メディア〜テレビ関連

2004年12月30日

「冬のソナタ」に地震情報テロップ!

この記事には続きがあります)



遂にやったな。NHK。なんといっても今回は「冬のソナタ」。反響が大きそうだし、良い機会なので今回はこれについて書いてみたい。

地震に遭った方々に対しては心よりお見舞い申し上げます。
しかし、それとテロップは別。これは本当に以前から苦々しく思っていた。多分、大勢の方々も同じように思って居ることだろうと思うが、いったい何のために、テロップをしつこく流さなければならないのだろうか?誰かちゃんと説明して欲しい。

オレは別に「冬のソナタ」だから怒っているのではない。過去どれだけの映像作品が、ニュース速報や地震速報、震度情報等のテロップによって冒涜されたことだろう。オレがビデオに録っていた映画などだけでも、ゆうに2桁に上るのではないだろうか。そういった放送を録画するときは、毎回祈るような気持ちで見守っている。しかし、相手は容赦なくテロップを入れてくるのだ。中にはソフト化されていない貴重なものもあった。マジ泣きしたこともある。文化に貢献している、と表面では言っていながら、実は本音では、映像作品というものを、まったく娯楽やひまつぶし以上のものとは捉えていないのである。大衆文化軽視の考えは、態度に如実に表れてるのだ。
オレは大げさなことを言っているのだろうか?しかし、例えば自分が一生懸命描いた絵画などに、他人が勝手に名前とか記号とか書き加えたらどう思うだろう?こうしないと判りづらかったからしょうがないんだ、とか言うのだろうか?

もうひとつ強く言いたいのは、これはBSである、ということ。衛星受信料というものが発生している、平たく言えば有料放送みたいなものなんである。どんなドラマやバラエティでも速報テロップはウザイ。だが地上波だと思って我慢している部分が大きい(それでも納得はできないが)。しかしBS放送にそれをやる意味は、いったいどこにあるのか?それならば、いっそ完全スクランブル化して放送して欲しい。もちろん上乗せ料金は払う。その代わり完全ノーカット、テロップ一切なしにしてほしい。

何度も言っているように、メディアというものは義務を負うのだ。最良の状態で常に提供すること。これが放送ではなく普通の商品ならば、リコールに相当するものだと思うね。ちゃんと提供していないのだから。洋楽CDの歌詞、訳詞のミスも同じである。欠陥みたいなもん。しかし、提供する側はそう思っていないのだ。放送したんだから義務は果たした、CDはちゃんと聴けるんだからOK、と思っているに違いないと思うのだ。嫌なものは使わない、嫌な場所からは去る、という選択もできる。しかしメディアに関しては選択肢がないのだ。むかしの民放版「ゆく年くる年」じゃあるまいし、「自分はNHKの冬のソナタではなく、MXテレビの冬のソナタ見るよ」とかできないのだ。典型的な大名商売。神南方面にある安楽椅子にふんぞり返って「完全版放送してやってんだ。ブツクサ言うなや!」とでも思っているのだろう。


テロップの必要性や存在の意義、文句などありましたらどうぞ。
受信料に関してはこちらこちらを。大変参考になります。
こちらもどうぞ。



- 宣伝(笑) -
ライブドアから「冬のソナタPlus」発売。
marcomusi at 13:04 | 東京 ☀ | Comment(2) | TrackBack(1) | メディア〜テレビ関連

2004年12月02日

波田陽区。残念!

ネタがつまらないですから。残念。

って感じなんだよなマジで。スタイルは良いと思うよ。いくつかのキメ文句と流れと。なかなかオリジナリティある。ただネタそのものがつまらないんだよ。今までに散々既出のものか、誰でも感じてることばっかり。つまり見方そのものにオリジナリティがない。優秀な作家とかブレーンがネタを作ってあげるべきじゃない?

ただ、毒舌系の芸人さんのほとんどがそうであるように、テレビとそうじゃない場所で内容を変えている場合がある。あんまり過激だと放送できないからね。波田陽区のネタもそうであるというなら、この人気も判るのだが。でもオレの好きなくりーむしちゅ〜(海砂利水魚)とか長井秀和君とかはテレビでもおもしろいですから。あ、もちろん太田君もです。

なので、今回の流行語大賞関連については、多分に政治力がモノを言ったのかな、と。そう思ってる。裏がありそうな話ってのはフタを開けるとだいたいそんな感じでしょうね。

でも、これはこれだからさ。これをきっかけに来年以降も頑張れば良いわけで。これで波田陽区氏が来年消えてたら、メディアの信用度がますます落ちるだけ。果たしてどうなるか、楽しみにウォッチングしていましょう。

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marcomusi at 07:51 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(1) | メディア〜テレビ関連
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