2005年05月24日

ボールはできるだけ遠くに投げたい

「ガ島通信」さんが終焉するとかいうんで、それをきっかけにいろいろ盛り上がっている。

今までもブログについていろいろ書いてきたが(こことかこことか)、自分としては結局「この薄さがちょうど良い」という位置付けに落ち着いている。

なぜそういう位置付けにしたかというと、実は自分自身は「とてつもなく濃い人間」だからなんである。それは各種コンテンツを読んでもらえると一目瞭然でしょう。

いろいろ書いているからには反応もレスも欲しいのだ。誰でもそうでしょうし、オレだってそうなのだ。

今までは、サイトや日記ページを持っていない人の場合、個人の意見を発表するには掲示板を利用するしかなかった(MLもあるけどオープンじゃないから)。掲示板って言うからには、ある程度双方向のものだと思うから、一生懸命書いてもレスが無ければ「スルーかよっ!」ってことになる。こんな事例はたくさんあったと思うよ。

オレはそれが嫌だから、サイト形式にしたしブログも始めたのだ。反応は無きゃ無いで良い。しかしどこかの誰かは見ているだろう、と。それで構わん、と。つまりオレにとってサイトやブログは、オレという人間の「ショールーム」という位置づけで良いのだ、と割り切っている。

いろいろあって思ったのは「初めから濃い反応を期待してはいけない」ということだった。

これはメディアでモノを書いたり何か作っている人は判ると思う。反応なんかすぐあるもんじゃないし、誰もが気に入ってくれるわけじゃない。かといって、挑発しても誰もが煽りに乗るわけじゃない。

世間の反応なんてそんなもんなのだ。最初から。みんな自分の生活があるんだからさ。人の事なんて気にしてられないって。

そんなこんなでオレが辿り着いた考えは、ボールを投げたいと思ったら、目の前にいる人じゃなくてもっと遠くの人に投げれば良いんだってこと。勢いが強すぎても、至近距離なら誰も受け取ってくれないよな。でも不器用な人ならそういう球しか投げられないし、その人に合わせて勢いを落とす必要もない。

だから、いつか採ってくれるかもしれない遠くの人に向かって投げるんだよ。遠すぎて今は見えないかもしれない。でも誰かはそこに居る筈なんだ。だからまず投げる。5年10年経って、誰かが採ってくれてたんだってことが判る。それでいいんだわ。

追記。
オレがよく「判るやつが判ってくれればそれで良い」とか「読み取れない人にまで説明する気はない」というのもそういうことなんだよね。自分に対する保険でもあるし、「すごく遠くできっと王子様が待っている(←アホ)」という超理想郷的な考えからの発言でもあるのだ。目の前の貴方が対象ではない、って感じかな(やっぱり基本は傲慢ですなあオレは笑)。


目の前で「貴方の球は受け取りやすい。すごくイイ!」とか言われるのもいいけど、それに甘んじると自分は退化してしまう恐れもある。その辺の見極めが大事なんだな。オレは起用じゃない。だから目の前に転がっている安易な賞賛に溺れないようにも気をつけてるんだ。

でも褒められると嬉しいけどね。笑


関連の優れたエントリーをいくつか。

ブログの終わりじゃなくて、アルファブロガーの終わりでしょ(笑)
ブログの終わりじゃなくて、アルファブロガーの終わりでしょ(笑)2
オンラインコミュニケーションの耐え切れない薄さ
終焉を言う者から順に終焉が訪れる----「ガ島通信」のタイトルに思う。


力作!
藤代裕之〜裸の駄々っ子(1〜5)[ガ島通信研究]


マラソンコラム終了(おつです
メディアビジネスのバリューチェーン(最終回)
marcomusi at 09:18 | 東京 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | メディア〜総合
この記事へのコメント
にゃーにゃーにゃー!TBサンクスコ

>「スルーかよっ!」
にワロタw

あとタイトル及び本文に共感。僕がネットという暗黒空間に駄文をふざけつつ投げ込んでるのも同じ気持ちがあるんだと思いますYO!
Posted by catfrog at 2005年05月24日 09:45
コメントありがとう!

釣りだったとしても笑、catfrogさんの記事おもしろかったです。またよろしくです。
Posted by mrcms at 2005年05月25日 09:51
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