2005年05月07日

ネット上の権威とダーティに対峙する

その人の実際の社会的地位はネット上での地位にも影響するのか?ってことを、前々から考えています。

オレは5年くらいインターネットに関わってきました。長くもないし短くもない。いちばん中途半端だなあ。なんかいやだ。

でね。思ったのは「影響しても悪くはない」けど、それじゃつまらないな、と。

説得力が増すのはいいと思う。たとえば実際のプログラマがプログラミングに付いて書く文は、プログラム評論家(笑)の書く文章よりは説得力ありだし、実際の新聞記者がジャーナリズムに付いて書くのは、ジャーナリズム評論家が書く文章より説得力あるわけで。そういうことのために使うのは大いに結構ですよね。

でも実社会の地位っていうのは、下手するとまんま権威に繋がるものでもある。

たとえば、その人がどこかの会社の管理職だったとする。実社会ではたくさんの部下がいます。日々彼等に対して、指令や命令を伝達していることでしょう。でも、同じような感覚でブログなどの文章を書くと、高圧的にどうしても見えてしまう。

オレにも本職があります。書きませんけど(このブログのどこかに書いてあるかも)。

自分の本分に関連する記事は、やはりどこか高圧的になってしまいます。どうしてもになってしまうんですな。オレはそれに気付いているので、(まぁついついやってしまうけども)それでも一生懸命気をつけるようにしてる。威圧的だったり怒りで書いた文ていうのは他人の心を打たないんですよね。

結局それは唾棄場所を提供するだけになってしまう気がする。みんな自分のところで唾棄するのは嫌なんですな。汚いから。だから誰か唾棄場を提供してくれないなあ〜なんて思ってるわけです。で、かっこうの唾棄場を見つけたらみんなで吐きに行く、と。だから、一見「説得力ありげな唾棄場」は喜ばれますね。自分の唾棄行為に正当性ができるからさ。後ろめたさを感じずに済むわけ。しかしそれが「綺麗な唾棄」か「汚い唾棄」なのか、その違いにはあんまり意味ないような気がするんだよね。オレは。

天に唾棄する、という言葉がありますけども、もし自分がやるならそのリスクで、という気持ちは常に持っていたいと思うね。


このブログからリンクしてある音源分析のコンテンツも、ああ見えても数え切れないほどの推敲を重ねています。初版(?)はメディアに対する憤りや苛立ちがそこここに溢れていたと思う。そこを、何度も見返し推敲し校正し、どうにか人に伝わりやすい文章に仕上げることを考えた。それでも力足りない部分はあるけども、人に伝えたいから頑張るわけですよね。

今でも苛立ちや不満はたくさんあるし、ここでの記事を書くモチベーションになっている部分も少なからずある。むしろ、この「裏ブログ」はそうしたもので成り立っている

Dirty だから。

しかし、ともすれば愚痴や ボヤキ になりがちなんですな。見かけだけの権威や不甲斐ないプロの仕事には大いに意見すべき、と思うけど、対象を見誤ったり叩きやすいものに向かわないよう気をつけなくちゃいけない。問題はもっと深いところにある、って感じだろうか。ゴキブリの巣。

その辺を上手く自重しながら、自分の視点でやっていくしかないんだよな。もしどうしても普通の人に対して何か言いたくなったら、そういう時は自虐するようにしている。たとえば、こんな状況なのは自分が不甲斐ないせいだろう、だからがんばろう、というような感じですかね。

堀江氏の記事TB騒動 で散々書いたとおり、結局何かを変えるというのは、自らが変わってそれを他人に示すことがいちばん有効であるだろう、と。オレはそう思っているわけさ。言うのは簡単で実行は難しいけどね。


もちろん君らには君らの考えや方法論があるのだろう。それで構わない。ただね。説得ってのは難しいんだよな。つか、無理に近いんじゃないか、と。「説得される」という言葉があるように、本意じゃなくとも嫌々納得することも多いのだし。それは中身は変わってないってことだから。あんまり個人的には効果ありとは思わないんだよね。

まぁ、それでも各々自分の信じた道で頑張ればいいよ。

頑張ることは否定していないから。オレ。


ちょっと良い話。→ 玄倉川の岸辺 さん



- 追記 -

忘れてた。

「いかにも天声人語風に書いて素人を騙そうとするのはアカンよ、君ら」

っていうのもあった。つか、こういう人らがいちばんタチ悪いかもしれないよね。架空の権威を捏造してる、というか。ブログをなんか違うものと勘違いしている節がある。そんな姿勢はあんまり同意できるものじゃないかな。
marcomusi at 07:39 | 東京 ☀ | Comment(8) | TrackBack(3) | ネット関連
この記事へのコメント
恐らく、こういう事を仰りたいのだろうなぁ
と思っていました。
これについては、ほぼ100%同意です。

ただ、難しいんですけどね、
人間って、どうしても自分には甘くなってしまう。
そういう意味で、
「良い意味で」自分に厳しい人って大事にしないとイケナイなぁ
なんて思っているんですよね。
(でも、この「良い意味で」というのを自分が判断する
 って所に、また甘えが出てきてしまいますしね。
 だから、結局はこういう「」をしないこと、
 自分への批判に真摯に向き合う事なんでしょうねぇ。)
なんで、
ここに書いてらっしゃる事も、「自分への自戒」として
持っておこうと思っているんですが・・・
Posted by めたか at 2005年05月09日 06:59
ありがとうございます。

こういう態度というのは、ネット上でだけでなく実生活でも出てしまうものだと思います。自分を誰だと思ってる?みたいな態度に自然になってしまう、というか。
これは実際に過去の自分がやってしまったことなんですね。話している最中に相手がどんどん不快になっていくのがわかりました。これ、自分では気付かなかったのですよ。なので後からすごくショックを受けました。権威に対して噛み付いていたオレであった筈なのに、その自分もいつの間にかそんな人間(権威側)になっていたのだなあ…と。

それが直接のきっかけになって、自分自身のことや周りの人のことをじっくり見つめなおすようになったのです。そうして言いたいことを見つけていったんですね。

そういう意味では、それを教えてくれたその子に感謝しなければなりません。彼女はオレを権威だと感じつつも、必死に抵抗し全身で訴えてきたんですよ。もし黙っていたら二人とも何も変わらなかったはずなんです。そう考えると、人との出会いってすごいなあと思いますね。

山田さん御用達の「メディア力」ということで言うと、自分はそれを意識するし、上げるため最大の努力を日々惜しまない。
ですが、他人にそれがないからと言って、それを相手に対して要求はしたくないし、出来るだけ相手の言葉を拾って判ってあげたいと思う。メディア力の重要さをわかっているからこそ、相手の言うことも汲み取ってあげられるのだ、せめて自分がそれをやってあげたい、と思ったりします。なかなか出来ないですけどね。


ここ数日いろいろありましたけど(笑)、中途半端な状態ほど怖いことはないと思ってるんですよ。中途半端な知識とか、中途半端な権威とか。その他いろいろ。人間は止まると楽なんです。そこまで得た知識で、その後の人生全てを運用できたらこんな楽なことはない。でも危険なんです。そこまでの知識を物差しとして全てを見るようになってしまう。ものすごく怖いです。
たかだか自分の人生20〜30年余りで得た知識で、全ての事例を見れるか。実際の物事ちゅうんは多面体でしょう。実際に今見えている部分より見えてない部分のほうが圧倒的に多いんです。それを全て見れるのは超達人であり、オレら凡人には到底無理かも知らんが、想像することは出来る。その想像の力を磨くというか基礎力を上げることで対処するしかないと思うんですよ。それには数限りない人のパターンを知るしかない、と。そんなことを今思います。人に言っても理解不能といわれますけどね。

まぁオレ自身はなんと思われようとも構わないんです。クズゴミ最低矛盾だらけダブルスタンダード、何とでも言えばいい。屁でもない。そういうリスクを覚悟してなきゃ、そもそも何も書かないです。それより、10000人が読んでたった一人でも「少し判る気がする」くらい思ってくれればオレは満足なんです。

そんなオレという人間でありますが、呆れず(笑)まだお付き合いしていただけるようでしたら、また是非お越しください。ではです。
Posted by marcms at 2005年05月10日 21:41
某所ではご指名いただき恐縮です。
また当Blogでのご丁寧な書き込みありがとうございます。mrcmsさんの考えの一端に触れることができたのは、幸いだと思っております。
私もずっと昔、掲示板で書く文章について「お前の言葉は人を刺す」とまで言われたことがありますので、自分の書く文章と受け手の受け取り方というのはしばしば思考のテーマになります。

うちのBlogに戴いた意見から少し引用しますが
>しかしオレは、その相手が自分にとった態度か、他人にいつもしている態度を、ただそのまま返しているだけなのです。意見を書くと同時に、こんな言われ方をしたらどうです?という部分も含めているということ。つまり自分は貴方の鏡である、という考えなのです。

この部分について、理解できますが、あの場面でああいった形でやるのは疑問に思います。
どういう形であれ、Blog主さんにその意図を伝えることだけが目的ならば、メールなどの私信でやる手もあったのでは?
(私も含めた)第三者の目に触れる場所で行った以上、何かを主張したい・伝えたいという意思がおありかと思うのですが(違っていたらすみません)そういう場面でのああいう形での文章は「荒らしか?」と警戒されるのも、やむを得ないことかと思います。それがために主張が曲解されるとしたら

>良い視点をお持ちの方の論評は読んでいてもおもしろいものです。しかし良いものをお持ちなのにそれを生かせていない、もったいないと感じる人もたくさん居ます。

というお言葉は(あの場所での一件について言えば)ご自身に当てはまる部分もあるのかと、私などは思うのです。

少し言葉遊び的になってしまいましたが、当Blogに戴いた文章、こちらの文章では、考えさせられるものがありました。
中途半端な知識・・・自戒せねば。
Posted by 佐倉純@桜日和 at 2005年05月11日 10:27
わざわざお越しいただいてすいませんです。
コメントありがとうございます。

>ああいった形でやるのは疑問に思います。
そうですね。
ものすごく後味が悪いし、良いことをしたという気分もまったくないし、スッキリしたという気分でもないです。
荒らしということについてですが、実はあれが始めての書き込みではないのです。ですので、まぁ「お友達」とは間違っても言えないけども、まったくの一見さんというほどでもないので、最初のコメントで判って貰えるかと思ったんですよね。これも今思うとちょっと傲慢でしたかね、と思います。

一方的な偏見だと断っておきますが、あの方の応答パターンを拝見すると、普通に言ったところで理解されないような気がする、という思いがありました。ただの一意見としてスルーされるだけだな、というような感じですかね(メールも同様)。
あとは、来訪者の同意コメントが多いのが気になったのもありました。

あの事故には誰もが傷ついているし、悲しんでいるし、議論もしたくないでしょう。オレもそうです(だから記事もひとつしか書いてません)。なので、個人的な気分としては話を長引かせたくなかったというのも本音でした。ですので、本当に相手には申し訳ないと思っていますけども、結局一発決めで書くしかなかったのです。

自分は何と思われてもいいから言わなきゃ、と思ったのです。すごく危険な考えかも、と思います。結局、自分も限りなく傲慢だったということなんですよね。自分でも判ってるんですけどね。力不足も甚だしいです。まったく情けないです。

しかしあの方の「化粧注意オバサン」的物言いに、やはり納得がいかないのは正直な気持ちであって、それはいつでもいいから、傷が癒えた時にでももう一度考えて欲しいと思います。
あれくらいのウォッチング能力がある方なら、必ずまた戻って来れると思います。鋭い視点でまたたくさんのエントリーを書かれることを、本当に願っています。

>中途半端
オレも本当にこれは自戒です。人のこと言える様な人間ではないですからね。


こんな失礼な人間にもかかわらず、ご丁寧なコメント、本当にありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。
Posted by marcms at 2005年05月11日 11:57
はじめまして。日付けをHNに使っている者です。「ネット上の権威とダーティに対峙する」拝読させていただきました。
おっしゃる通り高圧的な文章は読んでいて気持ちが良いものではありません。ですが、その道のプロとしての見識に支えられた文章は乱暴な書き方でも、それほど気持ち悪さは感じないと思うのです。恐ろしいことに文章はその人のその時々の気持ちをほぼそのまま映し出します。権威主義の人の文章が気持ち悪いのは、その人の社会的な立ち位置のせいではないと思います。権威を傘に着なければ強く出られない姑息な心性や常に優越感に浸っていたいという浅ましさ等が透けて見えるから気持ち悪いのだと思うのです。そしてこうした心理は、ネット上のダーティな物言いにも当てはまるでしょう。例えば巨大掲示板等で頻繁に見られる気持ちの悪い発言のそのほとんどは、嫉妬や妬みなどネガティブな心性をそのまま映し出したものだと思います。権威主義者あるいはダーティな文章には、明らかに一つの傾向があるような気がします。それは小さな自分を大きく見せようとする「虚勢(虚栄心)」です。ネット上の権威とダーティに対峙する時には、ここがポイントになると思います。すなわちダーティな文章を書く人に対しては、むしろ自分の身の丈に合った平易な文章で対話をすると上手くいくようです。そうすることによりダーティな発言主の虚を突くことになるようで、その後は冷静な対話が出来る可能性があります。なんだか対処法みたいな話になってしまいました。拙文ですいません。
Posted by 050512 at 2005年05月12日 02:42
書き込みありがとうございます。

確かにおっしゃるとおりで、自分が実践していたりする部分もあったり、身に覚えのある部分もあったりで、ほくそえみつつコメント読みました。

相手と「とことん」やりあいたいと思うのなら、そういった方法論で行くでしょう(過去に一度やったことあり。まさに050512さんが書かれた姿そのもののような人だった)。

しかし、余程の私怨でもない限りは「相手にわかって欲しい」という思いのほうが強いので、あえてそこまで突っ込まず、なんとか穏便に展開できるよう考えることが多いです(失敗もするが)。
同類とか似たもの同士という言葉がありますが、目が行く相手というのは、所詮自分に近い人ってことなんじゃないか、と最近思います。

自分の発言も、漁れば突っ込みどころ満載なところは自覚しているし、双方で一生懸命考えつつ悩みつつ、最後にはほんの少しだけ進歩したかもな、みたいな展開が良いんじゃないかと思ってます。

対処法、具体的に書いていただきありがとうございました。助かります(?笑)。またよろしくです
Posted by mrcms at 2005年05月13日 04:07
ひげ記者、読売の記者だったんですね。
朝日かと思っていました。
ごめんなさい。 m(_ _)m
Posted by otona at 2005年05月13日 13:47
わざわざありがとうございました。

朝日だと言われて「いかにもそんな感じだな」と思ってしまったところに会社としての問題もあるような(笑)。

TBさせていただきました。
またよろしくです。
Posted by marcms at 2005年05月13日 22:48
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