2005年03月19日

ブックオフ・スタイルと堀江貴文氏理論

巷ではライブドアとO報道を結びつけたりして大変な目にあっている(笑)人がいるようなので、オレの意見はあくまで個人的感想だから、と一応断って(逃げて)おきます。

オレの考え方と堀江氏のメディア理論に似ている部分が多いと書きました(こことかここ)。前回はちょっとわかりにくい「作曲家と歌手」との関連で語り、全員を引かせてしまいましたが(笑)、今回は「古本屋」で挑戦してみましょう。

実はオレは、むかし古本屋でバイトしていたことがあります。ほぼ1年間やったのですが、今振り返っても本当にひどい仕事だった、とつくづく思います。店主は典型的な頑固オヤジで店内を仕切っていました。頑固なことは別に構わないのですが(オレも頑固だと思うし)、頑固で居る為に不可欠な、確固たる信念とか尊敬できるような人間性とかがそういったものが感じられなかったんですね。偉そうに文学論や古書論を語っていながら、売れ線の悪劣本を値を吊り上げて売ってたり、学生をバカにしていたり、特定のバイト店員を優遇したり。特定のジャンルの相場をどんどん吊り上げた時の自慢話をしていたこともあります。個人経営だから良いっちゃあ良いんですけど、ずいぶん言動不一致な人だなあと感心してみてましたね。

これだけならオレ個人の感想に過ぎないのですが、店にかかってくる電話が、それはそれはひどかったのですよ。第三者の、その人に対する対応を見ればおのずとその人本人がどういう人であるか見えてきますよね。
オレは本当にいろんなバイトで、たくさんの電話応対をしてきましたが、あとにも先にも、こんな態度の電話ばかりかかってくる店は他にありませんでした。かけてくる人かけてくる人、ほぼ全員がとてつもなく横柄で傲慢で、オレは一日中むかついてましたね。古書業界というのはそもそもそういう業界なのかもしれませんが、正直、社会人としてどうかと思いましたよ。

また話が長くなってしまいました。

学生の方々なら、貧窮時代に古本屋にお世話になった経験が多少なりともあると思います。お金に窮して部屋中の本をかき集め古本屋に売りに行き、僅かな生活の足しにする。かつての古本屋はたいへんでした。店主の顔色を伺い、なるべく好印象を心がけ、なんとか1円でも高い査定をしてもらう。なんとか取り入って媚を売ったり。社会の縮図だったんですね。
まぁそれはそれで味があったものですが、こいつ(オヤジ)が果たしてまともな査定とかできるのか?足元見てんじゃねえのか?あとから高額で転売するんじゃねえか??なんて場合も多かったです。

そこでブクオフの登場ですね。今までオレの記事を読んでいただいた方ならお分かりだと思います。すべてをフラットな価値観で提供する。しかも選択肢も膨大。素晴らしいシステムだな、と思ったわけです。

ここでもオレは言ってみたい。価値があるのは古本そのものではなく書かれている情報である、と。もちろん有名作家による歴史的初版とか、そういった史料的なものはちょっと違いますが、それでもそれに価値を与えているのは、作家の書いたコンテンツですね。

オレはアナログ時代を経験した人間ですから、例えばレコードのジャケットとか、本の装丁とか、そういったものの価値はじゅうぶん知っています。しかし、内容あってこそのジャケットであるし装丁である、と。少なくとも内容が(買う側にとって)そのレベルでない限り、外見だけ荘厳な価値があってもしょうがないだろう、とも思う。

ご存知のように現在はデジタルコンテンツが増えてきて、そういった「外見」の意味合いはだんだん薄れてきてると思います。もちろんあっても良いとおもいますし、美しいアートとしても存在意味はありますが、昔のように装丁のみに異常な付加価値をつけることは、今や時代にそぐわなくなっているだろう、というのが最近思うことです。
DLして曲だけ聞きたい、動画だけみたい、箱は要らんという人はたくさん居るでしょうね。

サイトにアップしてあるテキストに比較して、本の文章や文字は読みやすいという特徴があります。ですから、書籍そのものはなくなることはないとオレも思いますが、装丁の不必要な重みとか、無用な付加価値みたいなものはだんだん意味がなくなってくるんだろうなあ、と思います。
と同時に、そこに不要な価値を付加するようなメディア、つまり古本屋とかお宝中古レコード屋みたいな商売も淘汰されていくだろう、と。むしろそうなって欲しいと。

まぁ言ってみたりするわけですね。ていうか、既にもうなっているけどね。


参考カテゴリー
メディア〜ネット・書籍化関連
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。