2005年03月09日

右往左往

最近ネット上でウヨサヨが盛り上がっていて、オレも個人的にいろいろ考える機会を得ました。ちょうど My ラヴリィの R30 さんが取り上げてらっしゃるので、ちょっと書いてみます。

オレが生徒として学校で過ごしてきた期間は、だいたい70年代。当時小中学生として学校にいた人なら、どんな教育が現場でされてきたか、受けた当事者として感覚は判ってもらえると思います。あんまり決めつけとかはしたくないのですが、一言で表すと「サヨ寄り」だったと言えるでしょうね。もちろん教師一人一人によって教え方も考えも違うし、物事の捉え方も変わってくるとは思うけど、全体的に流れていたのは(今振り返ると、だけど)「サヨ風」だったと思いますね(具体的に書けないヘタレでスマソ)。もちろん、購読を推奨されていたのもあの新聞です。

社会に出て世の中の実際を知るにつけ、自分の受けたサヨ風味教育が、実は的外れな教育だったのではないか、と疑問を持つようになりました。80年代後半になって世の中が変わってくると、その意識はますます強くなってきましたね。

2chをはじめて見たとき、あまりにもウヨ的な発言が多いことにかなり驚きました。オレの周りではこのような発言をする人があまりいなかったので、その比率としての多さに驚いたのです。
ですが嫌悪感は抱きませんでした。そうなのだ、これが長年のサヨ風味教育に対するバランスなのだ、と、ある意味感動したんですね。と同時に、とてつもなく救われた気がしたのです。

今思うと、イイ子ちゃんでいることがとっても負担だったんだと思います。当時のサヨ風味教育では間違ったことは許されない、みたいな空気がありました。もちろん良い世の中にはしたいですけど、だからと言って良くない物を全て否定してしまうような考えは重すぎるのです。

堀江氏理論的な考えになったのも、80年代にこの違和感に気づくようになって以降だったと思います。メディアとかバイアスがかかったものを通して物を見るとろくなことにはならん、と強く思ったんですね。
結果的にサヨ的な考えに落ち着いたとしても良い、と。ただ、それを決めるのはオレである。どっかの誰かの斜め記事による扇動じゃないぞ、と。そんなことを思ったんですね。

そういった両極端を経て、今はずいぶん冷静に物事を考えられるようになった気がする。今でも必ず一旦、ウヨ的考えを経由してから結論に持ってくることが多いですね。それは、教育の成果(笑)で、自分の思想が若干サヨ風味であることを自分自身で知っているからです。

そういう意味では当ブログの存在なども、Dirtyなことで自分自身としてのバランスを保っていると言えると思います。
裏と表、陰と陽、美と汚とか。物事には全て両面があって。それでこそ健全なのだ、と。まぁ思ったりしているわけですね。


追記。
以前もこんなこと書いてましたね。
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Excerpt: むなぐるま氏が"7743"のコメントを転載されているのにヒントを得て、ブログ時評で試して見たら・・・ある程度は覚悟していましたが、これは最もよくない対応ですよ、団藤記者。■コメント欄より [むなぐるま..
Weblog: 週刊オブイェクト
Tracked: 2005-03-14 03:09
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